今日、事象としては本当に些細なことなのだけれど、ひとつ自分に限界を決めてきた。 この楔はどこまでの影を落としたのだろう。 可能性の散華と限界の選択はこの先も少しずつ僕の形を変えるのだろう。 モラトリアムの海門はもう閉まらないのだろう。その決断をしたのだから。
可則・不可測の一切の結果に対する責任を一身に引き受け、道徳的に挫けない人間、政治の倫理がしょせん悪をなす倫理であることを痛切に感じながら、「それにもかかわらず!」と言い切る自信のある人間だけが、政治への「天職」をもつ
育つか分からぬ松よりも、間伐した杉林の方が好まれるのであろう。わかりやすく、長く、まっすぐに育つ。 僕は節くれだった松林の方が好きだったのだけれど。
おすぎとピーコならどちらでも良いよ、と言えたのだけれど。
「デンノッホ!」またそう言える日のためのひとつ。 資本主義と、権力と。
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